Narrative and Numbers

IT業界の中でもWeb業界と巨大な基幹システムを取り扱う業界が異なる世界観を持っていることを踏まえると当然なのかもしれないが、エンジニアの立場から見ると同じ金融の世界でスタートアップ投資とM&Aが違う文化を持つことに戸惑いを隠せない。 ところが事業会社はスタートアップ投資とM&Aを同じ財布から投資をしているものと考えて、 両者を一貫性のあるストーリーで取り扱う必要性がある。

このチャレンジについてM&Aの世界のコーポレート・ファイナンスで第一人者アスワス・ダモダラン教授が取り組み、著書のNarrative and Numbers(訳書:企業に何十億ドルものバリュエーションが付く理由)が一定の説明を与えている。 本書はスタートアップ投資の企業価値評価とM&Aの世界の企業価値評価(≅DCF)をつなぐフレームワークを作り、 コーポレート・ファイナンスの言葉でスタートアップ投資を読み解く工夫をしたものだ。

実践には不確定なパラメータを多く利用するため、ガバガバな計算をしないとならないのだがつながりの腹落ちを目指す目的としては非常に良いエッセイで 教授が断片的に本書に図を掲載しているMCMC的なシミュレーションへの発展も含めて足がかりになると思う。

しかし、本書の残念な点のひとつにモデルの説明が簡素すぎるところにある。幸い著者の教授本人がUberの事例をブログに書き残しており(Musings on Markets: A Disruptive Cab Ride to Riches: The Uber Payoff)、 こちらを読み解いて理解を確認した内容をメモとして残したいと思う。

Uberのバリュエーション

本書の「ケーススタディ9.1 ウーバー ― 都市のカーサービス企業を評価する」を取り上げる。 バリュエーションの起点をTAM(Total Addressable Market)と獲得見込みシェアにする フレームワークでフリー・キャッシュ・フロー(FCF)を概算する事例だ。

教授のバリュエーションモデルはここからダウンロードできる。 本書の執筆にあたって少し整理したようだが、内容は殆ど同じだ。

Discounted Cash Flow(DCF)の式

本書ではDCFの式を簡素に

\[ \mathrm{DCF} = \sum_{n=1}^N \frac{\mathbb{E}(\mathrm{CF}_n)}{(1+r)^n} \]

という形式で紹介している。$ N $ 年の評価期間に対して各年のキャッシュフローの期待値 $ \mathbb{E}(\mathrm{CF}_n) $ と資本コスト $ r $ を使っている。

これに対し、Uberのバリュエーションでおいた仮定は評価期間10年に対して

  • 1~5年目は資本コスト12.00%で一定
  • 6年目以降10年目まで線形に8.00%まで下落
    (年0.8ポイント減)
としており、資本コスト $ r $ が不定だ。この点を教授のモデルでは

\[ \mathrm{DCF} = \sum_{n=1}^{10} \frac{\mathrm{CF}_n}{\prod_{k=1}^n 1+r_k} + \frac{\mathrm{TV}}{\prod_{n=1}^{10} 1+r_n} \]

(ただし、$ \mathrm{TV} $ はターミナルバリュー、$ r_n $ は $ n $ 年目の資本コスト)

として総乗で扱っている。

ターミナルバリュー

教授の呼ぶところのStable Growthモデルを採用している。

11年目以降、成長が安定状態に達するとして、その内容が

  • 市場規模が年2.50%成長
  • 他の税引き後利益にかかわる変数が一定
    • 市場シェア10%を維持
    • 料金に占める手数料率20%と営業利益率40%を維持

であれば、UberのStable Growth Rate $ g $ は2.50%になる。更に事業投資のReturn on Capital ($ \mathrm{ROC} $) 25%を仮定に加えると、 定常的に事業再投資として、税引き後利益EBIT(1-t)の10% (= $ g/\mathrm{ROC} $)を投資する必要がある。

以上を用いて、

\[ \begin{aligned} \mathrm{TV}_{11} &= \mathrm{EBIT}_{11} (1-t) \frac{1 - g/\mathrm{ROC}}{\text{Cost of Capital} - g} \\ &= $881 \cdot \frac{1 - 10\%}{8\% - 2.5\%} \\ &= $14,418 \end{aligned} \]

市場シェア推移の式

過程において1~5年にかけて、1.50%から10.00%に成長するとしている。成長は線形の成長ではなく、飽和成長モデルをあてている(c.f. シグモイド)

\[ \text{Market Share}_t = (10.00\% - 1.50\%) (1- e^{-3.476 t}) + 1.50 \% \]

(ただし、$ - \frac{1}{\ln 3/4} \approx -3.476 $)

ここで定数に採用している $ \ln 3/4 $ はどういった経緯の数字なのかはわからなかった。

この他補足

  • 教授のモデルによる企業価値 5,895 M USD vs 当時のVCの評価 17,000 M USD
  • キャッシュフロー計算表「現在」行 → 11あるいは「Exit」の誤訳

参考

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